夜の子③
「コンビニから思っていたけど、お前整った顔してるよな」
「化粧してきたからw」
肌の質感やコントラスト云々ではなく、可愛い顔という表現も違う。
目、鼻、口、眉 個々の配点が高いというよりは、それぞれが
あるべき場所にうまく収まって全体としてデザインが出来上がっている。
暗がりの中で、その造形美を再確認しようとまじまじ見ると
「んな見んなw」と照れた。
「大丈夫か?おっさんと二人でこんな暗がりで?」
オマワリさんが来たらアウトな気がする。
「サブちゃん弱そうだから大丈夫でしょw」
「失礼な、これでいて筋肉質なんだぞ」
「うっそwヒョロヒョロじゃんww」
「スマートと言え。スマートと」
「スマートなのはスマホだけだろw私の肉分けてやるよww」
「え、太ってないじゃん」
「脱いだらすげーんだぞww見るか?w」
「えっ?いいの?」
「5千円なww」
「じゃあいいや」
「おいwそんぐらい払えよ!金持ってんだろw」
「5千円あったらココスで豪遊するわ」
「私の裸ココス以下かよww」
「おめー裸なるつもりだったのかよ、とんだ痴女だな」
「うるせww虫に刺されるからなんねーよw」
この場所に来るまで、アキラとのチャットのやり取りを思い出していた。
少し考え、察しがついたので聞いてみた。
「前言ってた、学校に来なくなったA子ってお前だろ」
「――あれ、言ったっけ?」
表情は読めないがアキラの声のトーンは変わっていた。
「やっぱりか。聞いてはないよ」
言葉を選ぶ。
いや、目についた言葉でいこう。飾らず。シンプルに。
「つらいよな」
…
「…ん」
小さく返事したあと。
彼女は黙って、そして泣いた。
パーカーのフードをかぶって、唸るように泣いた。
泣き止むまで、星を見ることにした。
背中を向けて、初めて会った女子高生の泣き声を聞きながら
夏の星座を眺めた。
歳を取っても未だに分からない。
泣いている女性になんて言葉をかけるべきか。
男女の関係だったら、抱きしめて頭を撫でてあげられたのかもしれない。
でも、そんなことはできない。
アルタイル、ベガ、デネブだっけかな。
夜のテンションと酔いのせいか、気付いたら一人語りを始めていた。
一番好きなものって誰にも教えないんだよね。
私もいくつか八木山で、見晴らしのいいお気に入りスポット知っているんだけど、
多分、この先誰にも教えることなく、そんでいつの間にか誰かのお気に入りスポットになっちゃって、自分のお気に入りじゃなくなるか…
あるいは工事でその場所がなくなっちゃったりするんだと思う。
昔からそうでさ。
友達とお泊りとかすると「クラスの誰が好き?」とかって話になるじゃん。
あの手の場でも絶対一番好きな子は言わなくてさ、二番目に好きな子を言ってたの。
好きな子ってのは嘘じゃないし。
なんで言わないかっていうと理由はいくつかあるんだけど、一番は自分だけが知っている良さを、他の奴に知られるのが嫌なんだよね。
踏み荒らされたくないっていうか。独占欲みたいなもんかな。
半端な「好き」の奴らにあーだこーだ口にしてほしくないのよ。
だから、前チャットで相談受けたときもアキラのこと中途半端な好きで告白するぐらいなら、その言葉はしまっとけ って思った。
店とかも同じだよね。恋人とだけ行きたいお店とか、気の知れた友人とよく行く店とか、そうした場に仕事のお付き合いの人は来てほしくなくて。
何なら閑散としてるぐらいがちょうどいいんだよね。
閑散としすぎて潰れた馴染みの店もあるけど。会社の人にもウチ紹介してよーなんてマスターに言われたけど、しなかったからかな。なんて。
独占欲だけじゃなくて、否定も怖いんだよね。
自分の中の一番を発表した時に、それが誰かの二番あるいはもっと下だったら嫌じゃん。
自分が世界知らないみたいで。
「えっ、お前あれが一番いいと思っているんだ?マジ?」
みたいな。
仮に自分が "相手の一番も知った上での絶対評価" だとしてもだよ。
「いや逆にお前アレが一番はねーわ」なんて、そこで相手とバトりたくもないし。
かといって、自分の一番を卑下するようなコトも言いたくないからさ。
ずーっとそんなんで生きてきたら、誰かといると「自分が何が好きか」で動けなくなってくるんだよね。
最初は自分の一番に申し訳なさを感じていたりしてたんだけどさ。
行動が思考を司るっていうのかな。一番を押し殺していると、一番に対する拘りが希釈されていって、一番じゃなくてもよくなっちゃうんだよね。
大人になるってそういうことかな、なんて思うよ。年取ると。
だからかな。
夜、一人で歩くのが好きなのは。
一番好きな音楽を聴きながら、一番好きな場所にいって、好きに飲んで、好きに体を動かして。
自分の好きを行使し放題。
自分の好きに正直でいられる。
「それな」
ようやく声を出したアキラはすげー鼻声だった。
「私は『好き』を共有したいから一番好きを教えないってのは分かんないケド」
「でも、夜は一番好き。朝も昼も嫌い」
そらそうだよな。朝も昼もみんな学校に行けている中、アキラは行けていないんだから。
そこからアキラとは夜の話だけで何時間話したろう。
「やっぱサブちゃん変なやつだわw」とアキラは私の話を面白がって聞いてくれた。
その日以来、アキラとは会っていない。
というかソシャゲでチャットすらしていない。
彼女がオンラインにすらなっていないからだ。
死んだのかもしれないし、学校に行けるようになったのかもしれない。
あるいは、あの日私は、夏の亡霊にでも出会ったのかもしれない。
色々話してスッキリし、成仏した。
そういうことにしておこう。
あの場所に行けば会えるような気もする。
好きを共有する か…。
どうやるんだっけな。
おじさん忘れちまったよ。